4000年12月31日

このサイトについて。

Clses Projectsへようこそ。

このページは、管理人Clsesの作品公開用ブログとなっています。
小説、イラストなどを公開していく予定ですのでよろしくお願いします。


※レイアウトを変更しました。
詳細

posted by Clses at 00:00 | Comment(0) | お知らせ

4000年12月30日

メルマガ配信

メルマガ始めました※携帯専用PCでも可

詳細
posted by Clses at 00:00 | Comment(0) | お知らせ

4000年12月29日

「黄昏の園」第一部改訂版 冊子印刷形式ファイル アップ

ツバメ小説外伝01「黄昏の園」 第一部「戦い」の縦書き冊子印刷用ファイルを公開しました。

対象は、
Openoffice,StarSuite,Adobe Readerのいずれかを持っており、
かつ冊子印刷可能なプリンタを所持している方です。


↓からダウンロードしてください。

tasogare_1.zip

作者コメントを読む
posted by Clses at 00:00 | Comment(0) | お知らせ

2010年10月16日

イラスト置き場

しばらく放置していたので、お詫び?にイラストページを追加。

イル.jpgリコリス 戦闘 最終完成版 600x800.jpgウェイズ・ユキ 縮小版.jpg
posted by Clses at 00:42 | Comment(1) | お知らせ

2010年04月01日

閉鎖のお知らせ

四月に入り、前回の配信からおよそ一年が経ちました。

マビノギは自分にとって最初のMMOであり、その後いろいろなMMOをやってみましたけど、結局はマビに戻ってくる、そんな思い入れのある作品です。

その中で出会ったギルドのメンバー。
彼らを題材としたこのツバメ小説は、やはり自分にとっても特別な作品です。

ですが、大学院に入り、なかなか時間を見つけられなくなってしまったこともあり、続けていくのが難しくなってしまいました。

このままだらだら続けていくのも、数少ない読者の皆様にご迷惑をおかけすると思い、一度閉鎖という形をとらせてもらおうと思いました。


最後に、一つだけ重要なお知らせがありますので、続きからをご覧ください。


続きから
posted by Clses at 11:15 | Comment(2) | お知らせ

2008年12月11日

ツバメ小説外伝02 「ウェイズ&ユキ編(仮称)」14

「待ち伏せとは、随分いい趣味してるじゃない」

 ユキは、静かに言った。口元は笑っているように見えるが、目はその先を射抜かんばか

りに鋭くなっている。

「はて、どちらかというと、こちらの方が私のテリトリーですので、準備はできていて当たり

前だと思いますが?」

「呼んだのはそっちでしょ」

「入ってきたのはあなたたちです」

 ち、とユキは舌打ちをする。

 こいつは、何を言っても減らず口で返される。皮肉の言い合いでは分が悪い。

 ユキの視線の先に立っていたのは、血のように紅黒いローブをまとったシルエット。

「で、私に何の用だい?ブラッド」

 ユキがブラッドと呼んだソレは、つい数週前にイル達が戦ったブラックウィザードとよく似

ていた。

 違うのは、その色と、ブラックウィザードは持っていなかった腰に下げた二つの剣のみ。

 ぎり、と歯を食いしばるほど怒りに満ちた声でユキは問う。

 今すぐにでも切り捨てたいと思いながら、ユキがそうしないのには訳があった。

「おや、名前を覚えてくれているとは光栄です。

 分かっているでしょう?勧誘、ですよ」

「はっ、勧誘?脅迫の間違いでしょ?」

 ブラッドの足下には、ぐったりと倒れ、動かない少女、イルがいた。

 カラスの羽の様に黒く艶のある刀身が、ぴたりと彼女の首筋にあてられている。

 確かにこの状態では、ブラッドの言う勧誘とは、脅迫以外の何ものでもない。

 今回の不自然なクエストは、こいつのせいか。とユキはようやく合点がいった。

 ユキ達一行がイメンマハの近くに来たと気づいて、ブラッドがクエストの依頼がユキ達に

も来るように画策したのだろう。そして、ダンジョン内にユキ達しか入れないようになってい

たこと、そして入ってからバラバラにされたこと、それらはここがブラッドによって都合のい

いように作られたダンジョンだからだ。

「まぁ、確かにそうですね」

「言っておくけど、仲間を傷つけられたら、私は聞ける頼みも聞かないよ」

 剣の柄に手を添え、いつでも飛び掛かれる準備をしつつ、ユキは怒りを押し殺した声で

言う。

 それを見て、紅い魔術師、ブラッドは満足そうに笑った。その声の中には、明らかな嘲り

が含まれている。

「くくく、仲間、ね。

 あなたが、そして彼女が、共に仲間だと感じているかはこの際置いて、恐らくそう言うだ

ろうと思っていましたよ」

 そして、ゆっくりとその剣を鞘に納める。

 ブラッドの含みのある言葉に、ズキリとユキの心が痛んだ。

「私だって学習しますし、研究者としてのプライドもある。

 『前回の件』であなたがどういう人なのかある程度分かったつもりですし、なによりあんな

『偶然の産物』に頼っているわけにもいきません。

 ですから」

 敵意が無いのを見せる様に両手を広げて一歩下がる。

「もう少し違う方法でアプローチしようと思ったんですよ」

「……どんな」

 明らかに怪しい。

 なにより怪しいのが、『本当に敵意が感じられない』ところだ。

「二つ」

 黒い皮の手袋をはめた手から指を二本立てて淡々と言う。

「ひとつは、あなたの事は諦めて、違う可能性を見出だす事」

「違う可能性……?」

「人間とは、……いえ、トゥアハ・デ・ダナンやミレシアンといった連中は、我々ポウォールと

は違って、仲間のツナガリとやらをとても大事にする。

 我々に足りないのはソレかもしれないと思いましてね」

「……そんなもの、研究して分かるものじゃない」

「わかっています、わかっていますよ。

 ……おっと、あまり詳しく話して邪魔されては困ります。こちらのヒントはここまでです」

 くるりと後ろを向いて、再び手を広げ、空を仰ぐ。

 ここはダンジョンと言っても、森の中に壁があるだけで天井は無い。蒼天に浮かぶ太陽

(パララ)が、魔術師の放つ不穏な空気と反対に、優しい光を放っていた。

「もうひとつは、あなたのお仲間に……全てを知って戴く事」

 その言葉に、ユキは頭の血が一気に冷めるのを感じた。

 その姿を肩越しに見て、満足そうにブラッドは続ける。

「その様子だと、やはりあなたの恐れているのはそこですか」

 柄を握るユキの手は、いつでも剣を抜ける状態を維持している。だが、その手はいくらか

汗ばんできていた。

「結局、自分で仲間だと言っておきながら、信用していないのでしょう?そのナカマとやらを」

「違う!」

 反射のような、とっさの否定。それが逆に、その言葉に含まれる疑問を露呈していた。

「何が違うと?あなたは知っている。真実を知ってなお、あなたの隣にいるのは彼だけだ。

 この、あなたの言う新しいナカマとやらも、あなたの隣にいるとは限らない」

 違う。……違う!

 声は出なかった。

 自信がなかったから。

 熊すら素手で倒してしまうほどのユキだったが、このときは、孤独におびえる一人の少女

でしかなかった。

 それはかつて、彼女がそうであったそのときのように。

 いつの間にかその手は剣ではなく自分の腕を握りしめていた。

「……こちらの方がこれほど効果があるとは思いませんでしたよ」

 本当に驚いたように、ブラッドは少しばかり罪悪感すら覚えた口調だった。

「まぁ何にせよ、今、この場ではやめておきましょう。

 いい舞台を用意して、奥で待っています。

 せいぜい、それまでによき友情を育んでください」

 ブラッドは、何かをするような気すら見せずに、そのまま背を向けて立ち去ろうとする。

 警戒心すら見せなかったのは、ユキが完全に戦意を喪失していると確信していたからだ。

 そこで、何かを思い出して立ち止まり、 

「……ああ、誤解の無いように言っておきますと、その方は無傷ですのでご安心を。

 マナの使いすぎで眠ってるだけです」

 くっくっと笑いながら今度こそ本当に、立ち去った。

 それを呆然とながめながら、ユキはしばらくその場を動けないでいた。

 頭の中を色々な感情が駆けめぐる。

 怒り、悲しみ、哀れみ、憎しみ、畏怖、疑念、失意、欲望……

 自分が受けてきた、数々の負の要素。晒されすぎて、すでに自分の一部のようになって

いたそれらが、再び殻を割って出てきていた。

 ぐらぐらと地面が揺れる。自分が立っていた場所が、これほど不安定なものだったのだと

思い出した。

 久しく、ウェイズと――心を許せる現状唯一の相棒とともに、安心した旅をしてきたせいか、

そのことを忘れていた。

 自分を理解できる者。

 それが果たして彼以外にいるのか?

 見ようとしなかった現実。

 楽観的になっていた自分。

 限りなく小さな可能性。

 それらにユキは絶望しつつあった。

「どう、しよっかな……」

 ユキは力なく座り込み、何とも幸せそうに眠って起きない、イルを眺めた。

 信じて裏切られるくらいなら、信じない方がいいのかな。

 このままイルを置いていってもいいんじゃないかな。

 そんなことを、一瞬でも、考えてしまった。

続きを読む

2017年06月28日

ツバメ小説外伝02 「ウェイズ&ユキ編(仮称)」01



 マナが紡がれてゆく。


「――我が請うは黄昏よりも暗きもの――」


 広い草原に男の声が響いた。


「――我が呼ぶは血潮よりも紅きもの――」


 男は右手に持った杖を目の前に掲げる。

 熱風が、足下から上昇気流となって男の髪を揺らす。


「――大気に住みし炎の精よ――」


 赤い光が、その杖の先端に帯を成して集まってゆく。

 繭の如く寄り集まった光の帯は、次第にその形を炎へと変えてゆく。


「――我が呼び声に応え……全てを焼き払え――」


 カチリとマナの構成変換が帰結する。

 既に炎の揺らめきは消え、人の頭ほどあろう溶鉄を思わせる火球が現れていた。


「ファイアー……ボール!」


 男が頭上へと杖を掲げると、その赤熱した火球は杖から離れ、前方へと打ち出された。

 その小さな太陽は、熱気と陽炎を纏いながら、ゆっくりとゆっくりと宙を進む。

 その先には、一人の女。

 右足を前に出し、腰を下ろして右手を腰に下げた剣の柄に。

 じりじりと熱気が大気を焦がして迫る中、女はその瞳を赤く染めながら時を待っていた。

「死ぬなよ……!」

 男が懇願するように言った。

 しかし、女はその言葉を認識しなかった。

 その意識は全て剣に注がれていた。

 極限まで引かれた弓。

 女の集中は、例えるならそう。

 放たれる寸前の、緊張、静寂。

 意識が大気と溶け合い、その身体は雫が落とされる時を待つ一枚の水面のように、ただ

静かに、静かに。


 炎が、女の剣の間合いへと入る。


 雫が落とされた。


 弓が、放たれた。


 シャラン。

 鳴ったのは、水滴が落ちる音でも、弓が放たれる音でもない。

 鈴の音のような、鞘から剣が抜かれる音。

 灼熱の太陽は音もなく二つに分かれ、更に無数の小さな星となり、地へと降り注ぐ。

 星がはじけ、その数だけ炎が爆ぜた。

 分かれた分、威力はその数だけ分散されたが、それでもひとつひとつの炎は十分に驚異

であった。

 無数の火柱が女を取り囲み、消えた。

 そこには、女が剣を抜き、振り抜いたそのままの姿で立っていた。外傷は、ない。

「「………………ふぅ……」」

 男と女は、同時に大きく息を吐いた。

 そして、それで二人とも息を止めていたことに気がついた。

 女は剣を鞘に収めると、尻餅をつくようにまだ熱の残る地面に座り込んだ。汗をかいた額

を拭うこともせず、呆然と前を見ている。

「ユキっ!」

 男が、女の元へと駆け寄る。

「大丈夫か!?」

 男は、自らが放った火球を斬った女に気遣いの言葉をかけた。

 女は、しばし呆然と男の顔を眺めた後、はっと我に返った。二、三度頭を振って、ぱちんと

頬を叩く。長い髪が、女の頭の動きに合わせてさらさらと流れた。

「……うん。大丈夫」

 少女と女性のちょうど狭間に位置する年頃の女は、今度は男の目を見てニカっと笑った。

黒い瞳が、本来の快活な輝きを取り戻している。

「ふー、これで僕の魔法は大抵捌けるようになっちゃったわけか。うーん、複雑……」

 男は、女に手を差し伸べ、女が立つのを手伝った。

「いいでしょいいでしょ、ウェイズはもっと魔法を鍛えれば良いんだからさ。

 それに、今のも本気じゃないんでしょ?」

 女は鎧に付いた草を払いながら、男に確認の問いを投げかける。

「ん〜まぁ、だいたい七割くらいかな?ちょっとはっきりとは言えないけど」

「むむ、これで七割か……うーん、これ以上だと、今のままじゃあ太刀打ちできないかな。

 ……やっぱまだ鍛えなくて良いよっ」

「……どっちにすればいいんだ……?」

 ウェイズと呼ばれた男は、軽快に笑った女の言葉に、苦笑いをして肩をすくめた。

 年はちょうど成人した辺りの青年。肩に届くくらいの、男にしては少しだけ長い銀髪。その

銀色とは対照的に、その瞳は深い黒。常に微笑みを絶やさないような、穏和そうな雰囲気を

漂わせている。身につけたローブの青が、彼の雰囲気によく合っていた。

「お好きな方をどうぞ!」

 カラカラと女は笑う。ヒマワリの様な、見る者を引きつける気持ちの良い笑顔。真剣だっ

た先程の様子とはうってかわって、今では本来の活発そうな顔に戻っていた。

 長く艶のある黒髪。男より二つか三つほど年下くらいだろう。体格としては年相応だが、そ

の中にはどこか潜在的な力強さが見て取れる。その証拠に、露出は多いが金属板が要所

要所に使われている鎧を身につけながら、腰には片手剣が二つ、短剣が二つ、手投げ用の

ナイフが四つと、かなりの重装備である。それを気にも留めずにいる点で、彼女の身体能力

の高さが伺える。

「ユキは言ってることが色々変わるから、どうすればいいのか分からなくなるよ」

「そーゆーのは自分の都合の良い方に解釈しちゃって。私もどっちで……も」

 会話の途中で、彼女――ユキは、突然遙か遠くを見た。一度は戻った彼女の笑みが、再

び先程の厳しいものに変わっている。

「……どうした?」

 ウェイズはその様子に怪訝そうに尋ねる。

「出た。結構でかいの」

「……あ、俺も分かった。マナを感じる」

「どっちの?」

「これは、人……かな」

 ウェイズもまた、ユキと同じ方向、遠くを見て言った。

「なら……行くよっ!」

「わかった」

 二人は額の汗を拭い、駆けだした。

作者コメント
タグ:マビノギ

2017年06月28日

ツバメ小説外伝02 「ウェイズ&ユキ編(仮称)」02

 山の如き巨体。

 目の前にあったのは自らの身長の軽く二倍はあろうかという巨大な熊であった。

 退路はない。熊の足の早さには敵わないのが第一。他に二つ。

 とりわけ大きな眼前の熊の他にも、一般的な大きさの熊が四匹いたこと。

 そして、守らなければならない者がいたこと。それは少女が二人。

 退路はない。その二人の退路を作るためには、自分が死力を尽くして戦うより他はない。

いや、そこまでやったとしても助けられる可能性は低いのだ。

 今はまだ熊達も、こちらを警戒した状態で手を出してきてはいないが、下手に動けばそれ

をきっかけにして襲って来るだろう。残された時間は少ない。

「なんであの時、一緒に付いてってやるって言っちまったんだろうな……」

 やっぱりあの時限りでさっさと別れるべきだったと、男はぼやいた。

 身長は一般的な成人男性よりも少し大きい程度。ほどよく引き締まったバランスの良い

身体は、模範的な剣士のそれである。それほど長くない黒髪を後ろに流し、髪と同色の瞳は、

いつものように気が抜けたものではなく、鋭い光を放っていた。

 が、いくら緊張の糸を張り詰めようと、それは無意味であると男は知っている。

 あまりにも簡単なことだ。

 自分よりも強い敵がいる。ただそれだけ。守るべき二人の少女は、片方なら戦力に数えて

もいいかもしれないが、そうだとしてもこの少女では取り巻きの小さな熊一匹を倒すのが限

界だろう。もう片方の少女に関しては、戦力には間違っても数えられない。となると、仮に自

分が一番大きな熊と互角に戦い、片方の少女が他の熊と戦ったとしても、残った三匹の熊

の相手がいない。

 腹をくくるしかない。

 男は決意を固めた。

「イル、譲ちゃん。望みは薄いが、俺が注意を引いてるからその隙に逃げろ」

 言いながら、バートは内心苦笑した。まさかこんな小説の主人公が言うようなセリフを自

分が言うことになろうとは。

「……そんなことできる訳ないだろう、バート」

 イルと呼ばれた少女が応えた。背中ほどまである金髪を後頭部で纏め、赤茶色のローブ

と同色のバンダナを身に付けた少女。年頃の女性ではあったが、その深緑の瞳と口調はど

こか男らしさを漂わせている。

 そんなイルが、地面にへたりこみながらバートを見上げ、

「……腰が抜けてるから動けない」

自慢げに言った。

「まぁそうだとは分かっていたが……」

 バートは左手で額を押さえて溜め息をついた。

「……あ。それに、お前だけ置いて逃げられる訳ないだろう!」

「……普通、嘘でもいいからそっちの方を先に言うもんだろうが」

 しかも「あ」ってなんだ「あ」って。

 なんでこんなに緊張感が無いのだろうとバートは頭を抱えたくなった。自分があまり緊張

感を出さない性格なのがその理由の一端なのだと薄々気がついてはいるが、それにしたっ

て五匹の熊に囲まれていながらここまで脳天気な発言ができるやつもいるまい。

「となると、走れるのは譲ちゃんだけか。

 ま、イルと一緒に逃げるよりだったら、譲ちゃん一人の方が可能性が高いから、かえって

いいかもな」

「いや」

 もう一人の少女は、こちらは即答した。

 年は十歳前後だろうか。身長はバートの腰ほどくらいしかない小柄な体格。赤髪赤眼、

服まで赤い少女だった。多少癖のついた髪は腰ほどの長さで、無造作に降ろされている。

 良く言えば神秘的、悪く言えば眠そうな眼を前方に向けたままで、少女は手に握ったフル

ートを剣のように構えていた。

「ちっくしょう、娘がいたらこんな感じがいいな」

 ちょっと反抗期で普段は冷たいけど、いざとなると父親を気遣うような。よし、子育てはそ

の路線で行こう。と考えて、

「アホか俺は……」

 後悔した。

 死を覚悟した直後に何を考えているのか。

 やはり一番緊張感が無いのは自分だった。ホントに死んだ方がいいかもしれない。

「何をぶつぶつ言ってるんだ……?」

「…………いや、自分を戒めていたところだ」

 切り替える。

「どうせ勝てるわけがないんだから、変な意地とか見せなくてもいいのによ……嬢ちゃん」

「そうだ。リコリス、私はルナのためにも、ここで君を殺させるわけにはいかないんだ。逃げろ。



 イルがリコリスと呼んだ少女の腕を掴みながら言う。少女は、その手と、イルの顔を順番

に見ながら言った。

「……いやだ」

 リコリスの悲しげな表情を見て、イルはその言葉の意味を知った。

 逃げることを嫌がっているのではない。この子は、自分の慕った者が死ぬことを、再び一

人になることを、恐れている。

「…………そう……だな。そうだよな」

 イルは手に持った杖を両手で支えて、立ち上がった。

「ここで死んだら、ルナに顔向けができないじゃないか。

 ……私は、リコを生かすと約束したんじゃない。リコの両親を捜すと約束したんだ」

「……ん」

 少女は、前を向いたまま満足げに頷いた。その表情はほんの少しだけ笑顔の断片が見

て取れた。

「ちっくしょう、こんな感動的な場面で、勝てる可能性はほぼゼロだって言えねぇじゃねーか

よ」

「うっさい、簡単に死んでたまるか」

「ん」

 悔しげに言うバートに対して、イルとリコリスはそれを一蹴した。これくらい無神経になら

なければ、イルは目の前の熊の姿、死の影に押しつぶされそうだったから。

「そんじゃ、最後の最後で正義の味方が颯爽と現れることを祈れ。ホントにそれしか生き残

る道はない」

「私らじゃ勝てない……か。

 いいさ、勝てそうなのに負けるより、負けが分かってて負けたって方が、諦めもつく」

「お前、この前の一件で図太くなったな」

「……ああ、役立たずのおかげでな」

「へっ、すみませんね」

 心の余裕が生まれてきた。極度の緊張は時に予想以上の身体能力を発揮する。逆に、

心の余裕は柔軟な発想を生み出す。

 そうしている間に、しびれを切らしたように、取り巻きの一匹の熊が咆えた。

「……やべ」

 襲ってくる。バートは直感的に分かった。こちらから動いてイニシアチブを取る予定だった

のが、無駄話がすぎたとバートは後悔した。

 図体の割に、四本足で素早く接近してくる熊に、バートが立ちふさがった。

 二本足で立ち、前足で攻撃をしようとしたその熊。その空いた横腹に、バートは剣を叩き

こんだ。

 ドン、と鈍い音。厚い体毛と堅い皮膚に、バートの剣は斬る機能を発揮できなかった。そ

れは叩きつけられただけで止まっていた。当然、与えたダメージも少ない。

 気付いたときには、振り上げられた熊の右前足が、バートの体をなぎ払っていた。

「があっ!!」

 左の肩から真横に殴られ、バートは容易く吹っ飛ばされた。

「バート!!」

 追撃に走ろうとするその熊に、素早くリコリスが割り込んだ。回転を基本とした、彼女独

特の立ち回りでその熊を巧みにあしらっている。

 その間にイルがよろけながらも駆け寄り、ヒーリングをしようとする。が、バートはそれを払

って素早く立ち上がった。

「え……?!」

 途端、巨大な黒い柱がバートに向かって落ちてきた。

 否。それは巨大熊の腕だった。それを、バートは両腕で支えた剣で受け止めた。

「ぐ………!!!!」

 バートの体ほどある腕。その重量だけでもかなりのものだと思わせる腕が、上から叩きつ

けられたのだ。それを受け止めるのは並大抵のことではない。普通ならば避けるべき攻撃

をバートが敢えて受けたのは、すぐ後ろにイルがいたからに他ならない。避けていれば、イ

ルがぺしゃんこになっていたのは間違いなかった。

 ドスンと、本当に巨大な岩が落ちてきたような錯覚。耐えきれるかとバートが踏ん張った

瞬間だった。

 破裂音のような何かをイルは聞いた。

 それは、正確には断裂音だった。バートの左足の腱が切れた音。

 声にならない声を上げ、バートは倒れた。

 そのバートに改めて、再び熊の腕が上がる。

 バートは足の痛みにもだえながら、今度こそ死を覚悟した。

 最後に、シーラに謝っておきたかったな。と、過去を悔やみながら。

作者コメント

2017年06月28日

ツバメ小説外伝02 「ウェイズ&ユキ編(仮称)」03

 何かが陽光を反射して輝いた。

 小さな銀色の刃が、どこからともなく振り上げられた熊の右腕に吸い込まれたのだった。

 それも巨大熊の身体には傷を負わせること無く、恐らく熊自身も気付いてはいなかった。

 だがそのナイフは一つだけではなかった。もう一本のナイフが、今度は熊の目の前をか

すめた。

 流石にそれには気付いた熊は、振り上げた腕はそのままでナイフが投げられた方へと首

を向ける。

 既にその場にはナイフを投げた者の姿はなかった。

 巨大熊はその者の姿を視界に捉えることができなかった。

 代わりに、その姿はバートが一部始終見ることになった。

 黒髪の女だった。

 バートには後ろ姿しか見えなかったが、背格好から、まだ若い女だろうと思えた。

「ふっ!」

 躍り出た少女は、地を震わせるかのような踏み込みと共に、強烈な拳の一撃を巨大熊の

足へと叩き込んだ。

 間をいれず、くぐもった叫びをあげる熊のもう一方の足に、少女は足払いをかける。

 それだけで、少女の身長の二倍以上ある巨大な熊が、容易く後ろに倒れた。

 少女は追撃をかけようとしたが、その前に他の熊が少女に向かって腕を振り降ろしてい

た。

 黒髪の少女は素早くその一撃を両腕で掴み、威力を殺して肩で受け止めた。

「くっ」

 降って来る鉄球を受け止めたかのような重圧。それを両足で踏ん張り、持ち堪える。

 それに耐えきると、右足を伸ばして熊の腹に当て、

「たああぁぁぁああ!」

 豪快に一本背負いを決めた。

 バートは、目の前に叩付けられた熊に目を白黒させながら、足の痛みも忘れてそれを呆

然と見ているしかなかった。

「ウェイズ!そっちは!」

 そんなバートをちらりとだけ見た少女は、すぐに振り返って少しばかりハスキーな声で

相棒に問う。その声が向けられた主は、声の代わりに魔法の発動をもって返事とした。

 渦巻いた炎が立て続けに二度と放たれ、イルとリコリスを襲っていた二匹の熊を吹き飛

ばしていた。

「こっちは大丈夫!ユキは残ってるそいつを頼む!」

 男ーーウェイズの声が終わるか終わらないかの時点で、ユキは目の前の状況に対応でき

ずに立ち尽くしていた最後の熊の目の前にいた。

「ラストっ」

 両足を払い、前に倒れた熊の腹に拳が入った。

 気を失って倒れかかってきたその熊をゆっくりと横たえてから、ユキはほっと息をつい

た。

「ふぅ〜、一仕事終わり……っとぉ」

 ぐいっと伸びをして、ユキは今までの緊張をほぐすと、走り寄ってきたウェイズに声を

掛けた。

「ウェイズ、だいじょぶだった?ケガない?」

「…………」

 しかし、ウェイズはユキの正面から数歩の位置で急に立ち止まり、何かを呟いた。

「……え?」

 ユキはようやく気付いた。むしろなぜ気付かなかったのか疑問なくらいだった。

 ユキが剣に手を掛けるより、ウェイズが杖をユキに向かって振りかざす方が早く、同時

に放たれた炎がユキに向かって駆けた。

 その炎は、火の粉を散らしながらユキの頭のすぐ上を通り、ユキの背後に立ち、腕を振

り下ろさんとしていた巨大熊を吹き飛ばした。

「ユキ。最後まで気を抜いちゃ駄目だ」

 ウェイズは真剣な表情でユキに言う。

「むぅ、ウェイズが私の後ろを守ってくれると信頼してるからだよ」

 対して、ユキは拗ねながらも笑うという、器用な表情をしながら答えた。

「う……それはちょっと卑怯な言い回しだぞ……?」

 難しい表情をしていたウェイズだったが、ユキの言葉につい苦笑いをしてしまった。

「おっと、そうだ。大丈夫でしたか」

 ウェイズとユキは助けた三人に駆け寄った。三人はぽかんとした表情でただ二人を見て

いたのだが、声を掛けられてようやく我に返ったようだった。

「あー、ちょいとまだ大丈夫とは言えないが、とりあえず命に別状はない。助かったよ」

 バートが、座りながら頭を下げた。イルのヒーリングで多少はマシになっていたが、流

石に切れた腱の完治までは無理であった。まだ痛みは残っているし、歩けるほどではない。

「あ…、ありがとうございました。……ほら、リコ」

 バートに続いてイルが立ち上がって頭を下げた。そして、イルの後ろに隠れてしまった

リコリスを引っ張り出した。

「ぅあ……あ、ありがと……」

 言わなければきっと隠れさせてはもらえないと判断したリコリスは、イルの腕にしがみ

つきながらそう言うと、再びイルの背中へと回り込み、顔だけ残して隠れてしまった。

「……あらら、怖がらせちゃったかな……?」

「あ、この子はちょっと人見知りしちゃうんです」

「ふむ、せっかく可愛いのにねぇ。残念」

 ウェイズはしゃがんでリコリスと目線の高さを合わせると、目でコンタクトを取ろうと

するが、それも叶わないと分かると、

「猫と相手してる気分だ」

 そう言って苦笑いしながら立ち上がった。

「まぁ何にせよ、間に合ってよかった。僕はウェイズ。こっちは……」

「ユキだよ。よろしくね」

 ウェイズとユキが自己紹介をする。

「あ。私はイルフェリアです。呼ぶときはイルでいいですので。

 そしてこの子は……リコリスって呼んでください」

「……ん」

「……俺は役立たずなバートだ」

「……別に役立たずとは……」

 イルが少しむっとして呟いた言葉は、バートの耳に届かなかった。

「イルさんと、リコリスちゃんとバートさんですね。ところで、皆さんはどうしてここへ?



 ウェイズが問う。

「ああ、イメンマハへ向かう途中だったんだ。そこで突然あいつらに襲われてな」

「最近、各地で動物たちがおかしくなってますからね。特にこの辺は熊の生息地だから特

に注意しないと」

「ああ。注意してたつもりだったんだが……まぁ気づけなかったのは俺の責任だな」

「それで、その足でイメンマハまで行けそうですか?早く向かわないと日が暮れますし」

「それなんだが……流石に一人じゃ立てそうにない」

「じゃ、ちょうど私たちもイメンマハに帰るところだったから、一緒に行こっか」

「そうだね。肩貸しますよ。流石に女性だと辛いでしょうし、また襲われると今度こそ危

険です」

 ユキの提案に頷き、ウェイズはバートの横にしゃがみ込むと、バートに肩を貸して立ち

上がった。

「申し訳ない、ほんと助かるよ」

「いえいえ、あんまり気にしないでください。僕たちが勝手にしたことですから」

 共に立ってみて分かったが、ウェイズの体はバートに比べれば華奢とも言えるくらいだ

った。ローブにロッドを装備している出で立ちから、魔法使いであろうか。はっきりとは

見ていなかったが、あの熊たちをウェイズは魔法で容易く吹っ飛ばしていた。成人くらい

であろう年齢からは想像できないほどの魔法の使い手だ。

 そして、ユキと言った少女。こちらはもっと恐ろしい。イルと同じくらいの年だろうが、

あの巨大熊を、剣を抜くことなく素手で容易く鎮圧してしまった。常識の遙か上を行って

いる。そのくせ話してみるといたって普通なのだから、この二人が何者なのか余計に分か

らなくなる。

 まぁいいか、とバートは考えをやめた。

 とりあえず助けてくれたし、敵ではない。なら深く考える必要などないだろう。

 正直に言えば、自分より若い人間、とりわけ女に負けているというのは複雑な心境では

あった。が、それは事実として受け止める必要があるし、自分がもっと頑張ればいいだけ

だ。ひがんだところで何も変わりはしない。

「あ、ちょっと待っててください。解放してきます」

 突然、イルが倒れた熊たちの元へ走っていった。

「解放……?」

「ああ、あいつ魔族に操られた動物から魔符を取り出せるらしいんだわ」

「おお、それはすごい。そうか、どうりでちょっと違う雰囲気のマナを感じたわけだ」

 ウェイズは感心したように声を上げた。

 この世界には、大きく分けて人間と魔族がいる。この二つの種族は昔から対立をしてい

て、今まで幾度かの大きな戦争を行なってきた。魔族は魔符と呼ばれる呪符を用いて動物

や下位の魔族を操る術を持っていて、それを使って間接的に人間へと攻撃をすることがで

きるのだ。

 前回の大規模な戦争から時間も経ち、様子見の状態で小康状態だったのだが、最近にな

って魔族が不穏な動きをしているらしい。その一端が、動物たちの凶暴化だった。

「マナ……って他人のものもわかんのかい?」

「それほどはっきりと分かるわけではないんですがね。ちなみに、リコリスちゃんも少し

変わったマナを感じますね。何か、というところまでは分かりませんが……」

 ウェイズは、興味深そうにリコリスの姿を目で追っていた。リコリスは、イルのローブ

を掴みながら、イルの後を追っかけている。

「むぅ〜……せっかくあの子と遊べるチャンスだと思ったのに〜」

 イルが解放に向かい、リコリスが一人になったのを見計らってコンタクトを測ろうとし

ていたらしいユキが、残念そうに口をとがらせた。

「ははは、まぁ道中チャンスはあるだろうから、頑張ってみて」

「だね。あんな可愛い子はなかなかいないもん」

 ぐっと握り拳を作って意気込むユキ。

「……嬢ちゃんは手強いぞ……」

 二人の戦闘とのギャップに目眩を覚えつつ、バートが呟いた。

作者コメント

2017年06月28日

ツバメ小説外伝02 「ウェイズ&ユキ編(仮称)」04

 夕方になってようやく五人はイメンマハへと到着した。

「ホントに申し訳なかった。助けてもらった上に肩まで貸してくれて」

 街のヒーラーの家まで送られると、バートはベッドの縁に腰を掛けながらウェイズとユ

キに深々と頭を下げた。

「いやいや、困った時はお互い様ですよ」

「そうそう。『捨てる神あれば拾う神あり』ってね。対価は今度私達のピンチに駆け付け

てきてくれればいいからさ」

「……それは暗に期待してないってことか……?」

「さってね〜?」

 ユキに笑われて肩をすくめたバートは、次にイルとリコリスへと向き直った。

「まぁ……なんだ。一応これでお前達とはお別れだ。同行するのはイメンマハまでってこ

とだったし、それに……足もやっちまったしな」

「……ごめん。私じゃ完治までさせられるのは無理だった」

「あ?んなことはどうでもいいんだ。全員生きてたんだし、このくらいの怪我で済んで良

かったくらいだ。お前らは怪我してないんだろ?」

「ん。だいじょぶ」

 イルのかわりに頷いたリコリスの頭に手を置きながら、バートは続ける。

「なら気にするな。いい機会だからたまにはゆっくり休養するさ」

 バートはあっけらかんと言い、笑ってみせた。

「……そうか」

「なに、ここで金輪際お別れってわけでもないんだ。いつかばったり会うこともあるだろ」

「ああ。そもそもしばらくはここに滞在することになると思う」

「譲ちゃんのこともあるしな。ちゃんと見つけてやれよ」

 ここイメンマハへと来た理由は、リコリスの家族の手掛かりを探すためであった。

 森でルナと名乗ったキツネに育てられていた名も無き少女。彼女に出会ったイルは、ル

ナから少女を託されたのだ。

 少女にリコリスという名前を付け、彼女が保護された時に持っていたというフルートを

頼りに音楽の街イメンマハへとやってきたというわけである。

「私なりに頑張ってみるよ。それじゃあ…………今までありがと」

「……お、意外に素直に礼言ったか」

 最後の部分をそっぽを向きつつ言ったイルに、バートはめざとく反応した。

「うっさい」

「ははは、すまんな。出会った時の調子からだと、んなことすぐに言いそうに思えなかっ

たからな。ここ数日で心境変わったか?」

「……ちょっとは」

 見直した、とまでは恥ずかしいので言わなかった。

 実際のところ、イルはバートに対しての評価をがらりと変えていた。

 最初、イルはバートをただのお調子者の剣士くらいにしか思っていなかった。だが、数

日前の森での一件や昼間の熊との戦いを通して、バートの実力とその人柄を認めざるを得

なかった。バートは、常に自身よりもイルやリコリスのために戦っていた。それは仕事や

金といった打算的なものではなく、まさしくバートの人柄に他ならなかった。

「そうだな、今度会った時必要だったらまた依頼受けてやるよ。条件付きでな」

「条件付き……?」

 イルが怪訝そうな顔でバートを見る。

「お前がもうちょい性格よくなってたら」

「…………」

 イルは握り拳を作って持ち上げた。が、ふとその手を降ろした。仕方無さげに溜め息を

つき、

「……善処するよ」

 力なく笑った。

 バートはそれをぽかんと見上げ、続いてイルと同じように笑ってみせた。

「おう。そうしろ」




 ※




「なーんだ。あの人護衛の人だったのか〜」

 星空が広がる街路を、四人が並んで歩く。結局のところ、イルとリコリスはウェイズら

の紹介で、同じ宿に泊まることになった。

「なんだ……って何だったら良かったんだい?」

「いやー、お兄さんには見えないから、イルさんの恋人かなーとか」

「…………夜は寒いな……」

 ユキの話を完全に受け流して、イルは白い息を吐いた。

「そろそろ冬だからね。今日は一段と冷えるみたいだ」

 ユキの話は何となく予想していた、といった感じで苦笑いを浮かべたウェイズも、イル

に相づちを打ってから星空を眺める。

「おなかへった」

 リコリスに至っては誰の話も聞いていなかった。

「みんなしてのけ者にしないでよぅ〜」

「ユキの話は展開が見えやすいからねー。しかも答えにくいでしょ、それ」

「あう」

 がっくりと肩を落としたユキだったが、

「リコちゃんは私の味方だよね!」

 リコリスを期待の目で見た。

 突然話を振られ、びくりとユキを見返したリコリスは、

「……シチューがいい」

 つい数日前にダンバートンの宿で食べた、ごくごく普通のシチューの味を思い出しなが

ら呟いた。長い間森で生活してきたため、久しぶりに食べた料理の味は、たとえありきた

りなものであっても彼女にとっては至高のものに昇華されていた。とりあえず今はシチュ

ーがお気に入りらしい。

「…………なんか熊より強敵な気がしてきたわ……」

 更に肩を落とし、ユキはとぼとぼと歩を進める。結局、バートの言ったとおりリコリス

は色々な意味で随分と強敵だった。イメンマハへ着くまでの間、ユキはリコリスに積極的

に話しかけていたが、イルに隠れて会話らしい会話はほとんど出来ていない。更に、ちょ

っとだけでも触ろうかと頑張ってみたのだが、一歩近づけば一歩離れ、一歩踏み込めば一

歩跳びすさり、一定の距離から近づくことは出来なかった。

 試しに熊と闘ったとき以上に本気で踏み込んでみもしたが、紙一重……いや、髪一本の

ところでかわされたのだ。

 そのくせ、ウェイズに対してはそれ程警戒をしていないのだから、ますますユキは納得

出来ない。

「ユ、ユキ。そんなに気を落とさないで」

「もういい、帰ったらシチュー食べてはやく寝る」

 結局、ユキは拗ねることで気を紛らわせた。

 そんなユキに同情したのかは分からないが、目的地であった宿はすぐ目の前まで来てい

た。

「お、着いた着いた。それじゃあ今日はこの辺で、かな?

 何か困ったことがあったら気軽に聞いてくれていいからさ」

「そうそうー、ここであったのも何かの縁だしね。

 明日は……多分東の放牧地辺りで稽古してると思うから、気軽に声かけてね。

 ……てゆーか、なんとしてもリコちゃんと仲良くなりたいから、絶対来て」

「……本音出ちゃったよ……」

 ユキが台詞の最後の部分で握り拳を作り、それにウェイズが苦笑していた。

「ええと……そうですね。ここでは知り合いもいませんから、頼りにさせてもらいます」

「…………ばいばい」

 リコリスはじっとユキを見つめて、一言だけそう言うとすぐに宿の中に入ってしまった。

このままだとチェックインする前に食堂で勝手に食事を始めてしまう勢いだ。

「わ、リコ。まだダメだって!

 ……そ、それではまた明日!」

 リコリスを追ってわたわたと宿へと入っていくイルを楽しそうに見ながら、ウェイズは

そういえば結局同じ食堂で夕飯を食べることになるから、まだ別れの挨拶はいらないのか

と思い至って更に苦笑する。

「さ、僕らも入ろう。僕もおなか減った」

「う〜…………最後のあの視線はなんだったんだろう……」

 暖かな空気とおいしそうな料理の匂いが内から溢れる扉をくぐりながら、ユキが腕を組

みながらぼそぼそと呟いていた。


 




イル達が帰った後、バートは寝転がりながら白い天井に向かって静かに呟いていた。

「あのくらいしおらしくなればお前に似てるかもな。

 あー、これが治ったらやっぱ一度そっちに戻るか……」

 故郷と少女の姿を思い出しながら……バートの腹がぐぅと自己主張をした。

「たまにしんみりしてる時くらい、黙ってて欲しかったなぁ……まぁ腹減ったし仕方ない

か。

 ……すみませーん、夕飯いただけますかー」

作者コメント

2017年06月28日

ツバメ小説外伝02 「ウェイズ&ユキ編(仮称)」05

「駄目か……」

 三軒目の楽器店を出た所で、イルは深く溜め息をついた。

 イメンマハに着いた次の日からすぐに楽器店を回り、リコリスの持っていたフルートに

ついて聞いて回っていたのだが、手掛かりらしい手掛かりは掴めなかった。

 どこにも売っていないという訳では無く、むしろ逆だったのだ。

 リコリスが持っていたフルートは、初心者向けに広く普及しているもので、どこの楽器

店にも置いてある品だった。場所によっては普通の雑貨屋にも取り寄せられている程で、

楽器店ではむしろ置いていない店の方が珍しいほどだと店主から説明された。

「手掛かりなし……と」

「ん……」

 さっそく行き詰まってしまった。どこにでも置いてあるものならば、他の店を回る意味

もなくなってしまう。イニシャルでも彫ってあればそこから手掛かりは掴めただろうが、

生憎そのような特徴は無く、店売りの品そのままだった。

 することのなくなった二人は、自然とウェイズ達がいると言っていた放牧地へと足を運

んでいた。

 のどかな陽気に包まれた放牧地は、草を食む牛や羊、子を連れた鶏などが自由に生活し

ており、見ているだけで心が和む。

 この放牧地はイメンマハの領主が管理しており、特に許可を取らなくても自由に出入り

できるらしい。そのため、ピクニック感覚で昼食に訪れる家族連れや、羊に乗って遊ぶ子

供の姿などが見れた。

 ウェイズ達がどこにいるのだろうと二人が辺りを見渡していると、遠くで激しいリズム

を叩く高音と共に近付いたり離れたりを繰り返す二つの人影が見えた。

「あれ」

 それを少しの間じっと見つめたリコリスは、迷うこと無く走り出した。

「……よく見えるな」

 改めて二つの米粒程にしか見えない影を、目を細めて見ながらイルは呟いた。視力はそ

れほど悪くないはずだが、それでもそれが誰だか断定できる程ではない。

 イルがリコリスを追いかけて近付いてみると、確かにそれはウェイズとユキであった。

 二人の間を走る緊張感を感じたのか、リコリスは十メートルほどの距離を保った場所で

止まっていた。イルにはそんな緊張感など感じることはなかったが、更に近付こうとリコ

リスの背を押してみても、彼女が頑として動かないため仕方無くその場で二人の様子を見

ていることにした。

 ウェイズとユキは、昨日のようにローブや鎧姿ではなく、互いに動きやすい軽装をして

いた。ウェイズは両手に、ユキは右手にそれぞれ木刀らしき獲物を持っている。昨日の戦

闘から察するに、ウェイズが魔法使い、ユキが剣士のようだったから、それを踏まえた上

でハンデということでの剣の数なのだろう。

 お互いの距離は五歩ほどで、踏み込めばすぐに攻撃の間合いに入れる距離で対峙してい

る。

 不意に、本当に何の前兆も無くウェイズが大きく踏み込んだ。それに一瞬遅れる形でユ

キが後ろに飛ぶ。ウェイズが二歩目を踏み込む。まだ互いに剣の間合いに入ってはいない。

 しかし、既にウェイズは剣を振る初動を始めていた。ユキが着地と同時に、ウェイズに

向かって踏み込んでいたからだった。

 互いの剣が交叉する。

 それを皮切りに激しい剣舞が始まった。

 ウェイズの二本の剣が息つく間もなくユキを襲い、それをユキが或いは躱し、或いは受

け流してゆく。

 木刀が打ち合う音が不思議なリズムを刻み、二人の立ち回りが軽やかな舞踏を思わせる。

 二刀流というのは、実の所非常に難しい。一刀であれば一閃の後、切り返しができる。

しかし、二刀であればもう片方の手が邪魔となり、それは困難となる。

 更に、剣を振るのは腕だけでは無い。最も重要となるのが腰の回転だ。

 両手で持った石を同時に投げても距離が出ないのと同じく、両手でもった剣を別々に動

かしても力は入らず、斬撃としての意味を持たない。腰を中心とした体全体を使い、連動

した動きとして両手の剣を振らなければならないのだ。

 次の各手の動きを考え、それから腰の動きを想定し、最後にそれを可能とする足運びを

決定する。

 ひとつの行動に二手三手先まで予想する。それができなければ二刀流は使えないのだ。

 そしてそれが、逆に相手には先を読ませるきっかけとなる。

 一刀よりも二刀の方が先を考えなければならないということは、その足運びなどから得

られる剣の軌道がより限定されることを意味する。

 つまり、相手にとっては一刀に比べて二刀の方が実は先を読みやすい。

 二刀流のメリットは、純粋に手数が多い事の一点に限られ、盾を装備できないことや、

戦術が限られるなどのデメリットの方が多いのだ。

 とはいえ、ウェイズはそのデメリットを感じさせる事無く、ただその手数の多さという

メリットを最大限に生かして戦っていた。

 そして、ユキの方も絶え間なく襲い来る剣打の嵐を、必要最小限の動きで捌き続ける。

 二人の動きは、ただただ淡々としていた。しかし、歯車でできた機械のような無骨な動

きでは無い。型に嵌まった美しい流れ。

 見るものが見れば、ウェイズの動きは一端の剣士にも通用する程であることが分かった

だろうし、それ以上にユキの動きが精錬されていることに気付いただろう。

 もちろんイルやリコリスにはそのような細かなことは分からず、ただその舞踏の美しさ

に固唾を呑んでいただけだった。

 終わることの無いように思えた二人の剣舞だったが、終わりは唐突に訪れた。

 カン、と高い音と共にウェイズの左手の木刀が高くはじき飛ばされ、イルがそれに目を

奪われている間に、二人は互いの首筋にぴたりと木刀を当て、制止していた。

 ピンと緊張の糸が張りつめて……切れた。

「ふはー」

「ふぅー」

 唐突に二人は座り込むと、達成感のある笑みを浮かべながら大きく息を吐いた。

「あ。イルさん、リコリスちゃん。すみません、ちょっと手合わせに夢中でして……」

「やほー、一応気付いてたんだけどね。流石に気を回す余裕が無くて」

 二人は、揃ってイル達に目を向けると、先程とはうって変わってにこやかに手招きした。

「こ、こんにちわ……なんか凄かったですね」

 イルは恐る恐る近寄り、リコリスはやはりイルの後ろで様子を見ながらそれに続いた。

「今日はウェイズの調子よかったからねー」

「え、そうだった?」

「そうだよー。いつも上への切り上げの時に体が開きやすいからそこ狙ってるんだけど、

今日は全然隙がなかった」

「あ、うん。それはちょっと意識してたからね。いつもそこでやられちゃうから」

 そんな感じの反省と感想をウェイズとユキが一通りすると、ようやく話がイルとリコリ

スへ向いた。

「あはは、何度もすみません。反省は今やっておかないと後で忘れてしまうので。

 ……そうそう、リコリスちゃんの手がかりは……見つかりましたか?」

「それが……」

 イルはリコリスのフルートに関して聞いたことを簡単に伝え、既にお手上げ状態だと言

うことを説明した。

「ううーん、そうですか……それは残念ですね」

「着ていた服に関しては何か無いの?」

 ユキの指摘に、イルはポンと手を叩いた。

「…………あ、そうか」

 服に関しては全然気にしていなかった。

 そう。リコリスの所持品は何もフルートだけではない。着ていた服もまた、所持品の一

つであり、手がかりの一つだった。

「なんだー、フルートのことしか言ってなかったから、てっきりそっちの方はもう調べて

たのかと思ったよ」

「僕は全然思いつかなかったよ」

「とにかく、一度服屋さんに行ってみよー」

 勢いよく腕を振り上げたユキに、苦笑したイルとウェイズだったが、

「…………おー……ぅ?」

 リコリスだけがつられて腕を振り上げた。

2017年06月28日

ツバメ小説外伝02 「ウェイズ&ユキ編(仮称)」06

 朝夕は冷え込んできたものの、日が昇ればまだまだ暑い時期だ。四人は一度宿に戻り、

ウェイズとユキはシャワーを浴びて稽古でかいた汗をながしてから、洋服店へと向かった。

 イメンマハは落ち着いた雰囲気の町並みながら、独特の活気があった。

 ダンバートンでは商売に明け暮れる人々の活気があったが、イメンマハでは吟遊詩人ら

が公園で楽器を奏でたり、絵描きらが町並みをスケッチしていたりと、また違った種類の

活気があった。

 流石は芸術の都と称されるだけある。

 一方、街の一部では建物の補修らしきものをしており、魔族の侵攻があったとされる傷

跡が見え隠れしている。

「服〜服〜」

 どちらかというと自分の方が洋服を見たかっただけなのではないかと思わせるほど上機

嫌なユキが、先頭を歩く。

「ユキ、そんなに服買う余裕なんてないぞ〜。お金もそうだけど、余計な荷物は最小限に

しないと」

「えぇ〜」

 ウェイズの言葉に、ユキが振り向いて口を尖らせる。

「必要に迫られた時以外は、無駄に買わないの。特にかさ張るものは」

「はぅ〜」

 がっくりと肩を落としたユキを、イルは昨日も見た光景だなと思っていたのだが、一つ

だけ昨日とは違うものがあった。

 その俯いたユキを、リコリスが覗き込んでいたのだった。

 二人の目が交叉した。

「………」

「………」

 一秒にも満たないであろう短い時間。その一瞬の間に、ユキは戦闘時のような緊張に身

を固めた。

 この瞬間を逃してはいけない。そう心の奥底で何かが囁き――

 ヒュンッ

 目にも止まらぬ程の速さでユキの右手が動いた。

 リコリスに触れようと伸ばしたその手は、更にそれより早く身を引いたリコリスに届く

ことはなく、前髪に軽く触れただけだった。

 二撃目を予想したリコリスは、更に後ろへ跳んで距離をとっていた。

「……うっそぉ……」

 ぽかんと自身の右手を見つめながら呟いたユキの後頭部を、ウェイズがはたいた。

「痛っ」

「……そりゃ逃げるって。もうちょっと他のアプローチは考えないのか?」

「あ、いや、一応考えてはいるんだけど……どこまでいけるのか気になってつい……」

「つい……ってお前なぁ……」

「まぁその気持ちは分かりますけどね……」

 やり方変えればもっとうまくいくはずだよ。例えば……」

 ウェイズは数歩離れた場所で警戒態勢のリコリスに向き直ると、人指し指をピンと上に

向けた。

「……?」

 リコリスは不思議そうな顔でそれに注目する。

 リコリスが気を向けたことに満足げな顔をしながら、ウェイズその指をピクリと動かし

た。

 同時にリコリスもピクリと反応する。

 それを、ウェイズが指の動かす距離とスピードを変えながら繰り返していくと、リコリ

スは少しずつウェイズに近付いてきた。

「おお」

 何となく邪魔してはいけない雰囲気が漂っていたので、固唾を呑んで見ていたイルとユ

キは、小声で感嘆の息を吐いた。

 そしていつの間にかウェイズの手がリコリスに触れられるほどに近付くと、唐突にウェ

イズは手を握り、指を隠した。

「う?」

 それを不思議そうに見上げたリコリスの目の前に、ウェイズは

「お手」

 手のひらを上に向けて差し出した。

 ぽて

 何となくそんな効果音を思わせながら、リコリスは半ば反射的にその手のひらに自身の

手を重ねた。

「ぶっ」

「おおっ」

 イルは思いがけない結果に思わず噴き出し、ユキは歓声をあげた。

「ほら、ね」

 ウェイズは満足げにその手首を掴まえて、その二人に笑いかけようとした。が、

「!!」

 手首を掴まれて逃げられないと分かったリコリスは、後ろに逃げるのではなく半歩前に

踏み込んだ。自由な方の右手で、ちょうど目の前にあるウェイズのみぞおちに下から突き

上げるように正拳を叩き込む。一瞬、ウェイズの脚が地から離れた。

「ぐふぁ……!」

 たまらず手を放したウェイズは、崩れるようにうずくまった。

「うわ……」

「南無……」

 イルとユキは、その姿に手を合わせた。

 とりあえず、三人とも何か間違ってる気がする。と、イルは少し頭が痛くなった。

2017年06月28日

ツバメ小説外伝02 「ウェイズ&ユキ編(仮称)」07

 辿り着いたのは、一軒の小洒落た洋服店だった。

 チリンとささやかに鳴った鈴の音とともに四人がドアをくぐると、なるほど確かに今ま

でユキが上機嫌だったのが分かるような場所だった。

 店の内装は、明るいが落ち着いた雰囲気であったし、なにより並べられている服のデザ

インがどれも秀逸で、しかもその種類も多かった。普段は服にはあまりこだわらないウェ

イズやイルでも、どれか欲しくなってしまいそうな魅力がそこにはあった。

「いらっしゃいませ、当店へお越しいただきありがとうございます。何をお探しでしょう?



 近くにいた店員らしき女性が、四人に気付きにこやかに挨拶してきた。ウェーブのかか

った長いアッシュブロンドの髪、スラリと伸びたスレンダーな体、柔らかな物腰。女のイ

ルですらドキリとするような美しい女性だった。

「あ……ええと、この子の服に関して調べていただこうかと……」

「あらあら、随分と傷んでしまってますね。何を調べればよろしいんでしょう?」

 店員はリコリスの前にしゃがみ込み、頬に手を当ててイルに訪ねた。

「この服が買われた場所が特定できれば一番いいんですが……」

「買われた場所……ですか。何か事情がおありなんですね。

 ……分かりました、できる限り調べてみますね」

「すみません、お願いします」

「それでは、その間少々お待ちいただくことになりますが……」

「あ、それじゃあその間にリコちゃんの替えの服でも探さない?さすがにその服をこのま

 ま着せてるのもかわいそうだし」

 待ってましたと言わんばかりに、ユキが声をあげる。

「それもアリか」

 確かに調べるためには服を預けなければならないので、リコリスにはその間着る服がな

いことになる。元よりリコリスの替えの服をどうにかしないといけないなと思っていたイ

ルは、その意見を取り上げることにした。

「ふっふっふ、色々着せ替えさせてみたかったんだよね……!」

 ユキはギラリと目を光らせて不敵な笑みを浮かべると、リコリスは本能的に身を震わせ

た。

「やり過ぎて余計嫌われないように気をつけなよ……。

 それじゃ、僕は男物の服でも見てようかな。流石にリコリスちゃんの着せ替えに参加す

るわけにもいかないから」

 これだけの種類があれば、服を調べ終わるまでの時間が多少長引いたとしても、あまり

退屈はするまい、とウェイズは男性服のコーナーへと向かった。

「それでは、そちらの試着室で今着ているお洋服をお脱ぎください。その後は、ご自由に

試着していただいて結構ですので」

 嫌な予感に周囲を見上げるリコリスが試着室へと案内され、こうしてリコリスの着せ替

えショーが始まったのだった。

 すまん、リコ。君には悪いが、私もちょっと着せ替えしてみたかったから、ちょっとの

間我慢してくれ。

 助けを求めるような目でこちらを見たリコリスから目を逸らし、イルは心の中で謝った。


 ユキとイルには刹那に過ぎず、リコリスには永遠で、ウェイズはとりあえず見るものが

無くなって店内の椅子に座って船を漕ぎはじめたくらいの時間が経った後、ようやく先程

の店員が戻って来た。手には丁寧に畳まれたリコリスの服が入った紙袋を持っている。

「一通り調べてみましたが……残念ながら買った場所などの詳しいことは分かりませんで

した。申し訳ございません」

 残念そうに頭を下げてから、店員は紙袋をイルへと差し出した。

「わかっていることは、この服はリリナさんがデザインなさったもので、学校などで広く

着られたりするものだということくらいでしょうか。

 色違いのものでしたら、この辺りでも採用なさっている学校がありますし、確かタラの

方でも幾つかあったと思います。

 ですが個人で着ている方も多くいらっしゃいますので、やはり特定するのは難しいかと

……」

 こっちもフルートの件と似たようなものか、とイルは心の中で落胆する。

「いえ、わざわざ調べていただいてありがとうございました」

「私でお力になれることでしたら喜んでいたしますので、いつでもいらしてください」

 店員は優しく微笑んで会釈すると、店の奥へと戻っていった。

「進展なし、かぁ」

 いつの間にやら後ろにいたユキが、子供用の服を選びながらむぅ、と唸る。唸った理由

は、手掛かりが掴めなかったことよりも、次にリコリスに着せるべき服の選別に迷ってい

たことの方が強い気がする。

「……さて、いい加減リコに買ってあげる服を決めないとね」

 今まで待っていた時間の半分以上はユキとイルの趣味として着せ替えていたと言ってい

い。やたらとフリルのついたものや、へそが出ているものなど、旅での実用性などそっち

のけの服ばかり選び、なおかつそれに合うような髪型にまでしていたのだから、リコリス

にとってはいい迷惑だったはずだ。そのほとんどが無意味だったのだから始末におけない。

 ちなみに、ユキはいくらやってもリコリスに触らせてもらえなかったので、不満そうに

しながらも次の服を選ぶのに専念していた。さすがに商品の沢山並ぶ店内で追い掛けっこ

はできないと判断したのだろう。とりあえず自分の選んだ服を着たリコリスの(仏頂面だ

が)愛らしい姿に満足していたようだ。

 そして旅に実用的な、丈夫で動きやすい服ということで、最終的には元から着ていた学

校の制服に近いものが選ばれた。

 学校の制服といっても、学校の多くでは勉学だけでなく剣術や魔法の指導も行っている。

実技も多く行うために、必然的にその制服は丈夫なものが選ばれる。よって旅にも十分耐

えられるものである。

 色は本人の希望でやはり赤になり、それ故イルには以前の服からあまり変わっていない

ように見える。

「ま、あんまり慣れないものを着せてもダメだしな」

 小綺麗になって服も新しいものを着たリコリスは、パッと見としてはあまり変わらない

が、確実に本来の可愛らしさを取り戻しているように思える。

 大きな変化はなくとも、イルにはこの些細な変化が一番良いと思えたし、なによりリコ

リス自身も新しい服を気に入ったようで、パタパタと腕を動かしてその感触を楽しんでい

るのが嬉しかった。

「うん、これで十分似合ってるし。

 それじゃ、これ買って帰……ってウェイズ〜」

 店内を見渡したユキが部屋の隅にいるウェイズを発見する。

「……うお?」

 休憩用の椅子で寝ていたウェイズが、呼び声に反応して首をもたげた。

「あれ、いつの間に」

 その言葉が、いつの間に服の件が終わっていたのかという意味なのか、それともいつの

間に寝てしまったのかという意味なのか。おそらくは両方だろう。

 気持ちよさそうにぐいと伸び、首を回しながら立ち上がった。

「とにかく終わったから行くよ〜。もうお昼〜」

「うん、そうだね。

 あ、リコリスちゃん、新しい服になったんだね。可愛い可愛い」

「……ん」

 ちょっとだけ嬉しそうにリコリスが頷き、新しい服を見せつけるように気持ち胸を張る。

「は、や、く、行くよっ!」

 その二人のやり取りに嫉妬したのか、ユキがウェイズの耳を引っ張って強引に店を出て

行った。

「痛い痛い痛い」

 悲痛なウェイズの声を聞きながらイルとリコリスは顔を見合わせて苦笑すると、二人を

追って店を後にした。

続きを読む

2017年06月28日

ツバメ小説外伝02 「ウェイズ&ユキ編(仮称)」08

 そんな成り行きで、四人はなんとはなしに一緒に行動するようになった。

 ウェイズもユキも面倒見が良い性格なのか、イルとリコリスに色々なことを教えてくれ

た。

 特にリコリスは多方面において才能があることが分かり、ウェイズが喜んでいた。

「マナの感覚から、何となく二人は普通と違う気がしてたんだよね。

 イル姉は最初会った時にクマを魔符から解放していたから理由が分かったけど、リコリ

スは今まで分からなかった」

 数日間一緒に行動するにあたって、ウェイズの二人に対する呼び方はがイルさんからイ

ル姉に、リコリスちゃんからリコリスへと変わっている。

 確かにさん付けで呼ばれるよりはマシだが、ウェイズの方が二十歳とのことで年上なの

に「なんとなくしっくりくるから」との理由で姉さん呼ばわりされてしまったイルは、そ

の呼ばれ方になかなか慣れない。

 それよりならユキのようにイル、リコと愛称で呼んでくれた方が楽なのだが、一度定着

した呼び方はそう簡単には変わらないだろう。

 ウェイズが言うには、リコリスにはマナを「調律」する才能があると言う。

「調律?」

「そ。イル姉は学校で習ったと思うけど、魔法を使うとき、僕らはマナを集めて『場』を

作るんだ。

 ユキも意識はして無いだろうけど、作ってるんだよ」

「へ〜、全然考えたこと無かった」

 と言っているということは、ユキも魔法が使えるのだろう。イルには、ユキは完全な近

接系の戦士に見えたし、今までの稽古では使っていなかったので分からなかったが、なか

なか多才らしい。

「そのマナの『場』を作る作業が呪文の詠唱になるんだ。他にも『場』の形成には魔方陣

を描く場合もある。

 まぁ魔法を使う場合は『場』が大事だってことだけ分かればいいよ」

 ふむふむ、とユキが頷く。

 ここまではイルも昔学校で習ったことだ。

「調律っていうのは、その『場』を最適化することなんだ。

 ……そうだな、歌っている時に誰かが上手にハモってくれるとより綺麗に聞こえるでし

ょ。その魔法版って感じかな?」

「おお〜、分かりやすい」

「ということは、魔法の威力が上がるということ?」

 この辺からはイルも分からない範囲なので質問する。

「それもできるし、少ないマナで魔法を撃つっていうのもできる。

 あとは、ちょっと邪道な使い方だけど、逆に相手の『場』を乱して、威力を下げたりさ

せることもできるはず」

「はいは〜い、それで実際にはどうやるの?」

 先生と生徒よろしく、ユキが手を挙げて質問し、ウェイズがそれを指名する。

「基本的には音。

 呪文詠唱のようにただ喋るだけってのもあるけど、一番やりやすいのが歌とか楽器の演

奏。つまり音楽だね」

「へぇ、音楽ねぇ……。あ、だから調律って言うのかな」

 確かに、魔法を音楽に乗せるという「魔法音楽」というものがあるらしいというのはイ

ルも小耳に挟んだことがあるが、実際にやっている人を見たこともないし、存在自体信じ

ていなかった。

「ま、だからって音楽を演奏すればだれでも使えるようになるわけじゃない。

 ちゃんと調律を考えた楽譜を用意しなきゃいけないし、なにより音楽にマナを乗せれな

きゃならない。

 これは感覚的にマナ感じれないとできないんだ。

 ……ちょっと試してみよう」

 そう言うとウェイズは手のひらを上に向け、小さく何かを呟いた。

 イルの目には、そこにりんごほどの大きさの、赤く半透明に光る玉が見える。恐らくバ

ートであれば何も見えないであろうが、多少マナを扱えるものであれば、このように何か

しらが見えているはずだ。

「今簡単に『場』を作ってみた。これが生命の源とも言われるエルグをマナに変換した状

態。魔法になる一歩手前だね。本来は自分の周り数メートルくらいの大きさに広げないと

実用的なものにはならないけど、今回は確認のためだから小さくしてる。

 リコリス、ここに何が見える?」

 ウェイズの問い掛けに、リコリスは不思議そうな顔をしながら答える。

「……まるいの」

「何色かはわかる?」

「あか」

「うん、それでいいはず」

「え。色なんて見えるの!?」

 ユキが驚いたようにまじまじと手のひらの上を見ている。

「ユキにはどう見えてる?」

「う〜ん、何か温かい煙っぽいのが漂ってる感じかなぁ……色とかは見えないけど」

「その辺は個人差があるんだよね。はっきり色とかまで見える人もいれば、何も見えない

人もいる。

 僕には温かいとか感じないから、ユキは温度で感じてるのかもね。

 それじゃ、音は聞こえる?」

「あ〜」

 リコリスは低めの音を出す。

「それがリコリスの聞いているマナの音。イル姉とユキは聞こえる?」

「いや、全く……」

「聞こえないよ〜」

「この辺が調律の才能かな。これが聞こえないと音にマナを乗せれないからね」

 マナ自体は、生物であれば誰でも持っている。しかし、それを感知する能力が人によっ

て異なるのだ。

 例えば、ヘビというのは温度を色として見ることができるというが、人間にはそれがで

きない。そのように、人間の中にもマナが見える人と見えない人が存在する。

 魔法が使えない人に対して「マナを持ってない」と言うのがあるが、これは誤解で、見

えないがために使い方が分からないだけで、その人も例外なくマナは体に宿している。

 魔法の才能があると言われる人は、「マナを感じる能力が高い」ことを指しているだけ

なのだ。

 その感じる種類の中に、色や音、温度などがあるということなのだろう。

「マナって音も出してるのか……」

「いや、実際にこんな音を出してるというわけでも無いからね。単純にそう聞こえるって

だけで。

 う〜んと、頭の中に響いてくる感じかな?普通に耳から聞こえてくる音とは明らかに違

うね」

「頭に響く……あ」

 そんな感覚を、つい最近経験したことがある。

「もしかして、それを使って会話とかできたりはしないか?」

「マナで?

 ……理論的にはできるみたいだね。僕らも一応呪文からマナを使ってるわけだし、その

逆もできるんだと思うけど……」

「リコを育てていたキツネ、ルナがそれを使って私と話してたんだ」

 確か、あのときルナは「マナを介して話している」と言っていたはずだ。もしかしたら

このことを言っているのかもしれない。

「……なんだって!それは凄いことだよ!」

 最初は怪訝そうな顔をしていたウェイズだったが、それを聞いて興奮したようにイルの

肩を掴んだ。

「イル姉はマナの音って聞こえないんだよね。その人に聞こえるように変換してるってこ

とだから……」

 ウェイズは、完全に一人の世界に入ろうとしている。恐らく魔法関連のことに関しては

探求心が強いなのだろう。が、今はそれでは話が進まない。

「詳しくはまた今度話すから、続きを頼む」

「あ、そうだね」

 ウェイズはちょっと照れたように頭を掻いた後、話を進めた。

 要約すると、リコリスは専用の楽譜を用いた音楽を演奏することで、マナ調律ができる

らしい。これはマナの音を聞け、かつ音楽のセンスもなければいけないため、訓練なしに

できるものはそう多くはないのだという。

 そこで、ウェイズの個人的な趣味と、リコリスの稀な才能を生かすために、リコリスは

戦闘の稽古をに加えて、そのマナ調律――つまり音楽演奏の稽古もウェイズからつけても

らうことになったのだった。

「よっしゃー!これで楽しくなるぞー!」

 とウェイズが楽しそうにしていたが、一方ユキは、ウェイズとの稽古の時間が少なくな

ったこと……というよりはリコリスにウェイズとの時間を更に奪われたことに「むぅぅー」

と唸っていた。

作者コメント

2017年06月28日

ツバメ小説外伝02 「ウェイズ&ユキ編(仮称)」09

 数日前と同じ、いつもの放牧地に四人はいた。

 立っているのはウェイズとリコリスで、たまに詰め寄ると二、三手の拳撃を交わしては

離れるという行為を繰り返している。つまりは組み手だ。

「そこそこ〜。今のパンチの後が隙だから、右から相手を掴むの」

 近くにある木の柵に器用に腰掛け、本を片手に広げながらも、きちんと二人の組み手を

を見ているユキから指導が入るが、それは主にリコリスではなくウェイズに向けてだ。

 剣においてはウェイズの方が上だったが、体術においては圧倒的にリコリスに軍配があ

がる。そのどちらにも長けているユキが監督となり、リコリスには剣を、ウェイズには体

術を鍛えるということで、二人は獲物を持つ場合と持たない場合の訓練を交互に行ってい

たのだった。

 そもそも攻撃が当たらないのだからどうしようもない。パンチ一発も当たらないのにど

うやって掴めというのか。

 と心の中で溜息をついたウェイズだったが、頑張って鍛えればそれも叶うようになるの

だろうと期待して、ふっと息を吐いた。

 そんな行動的な三人を尻目に、イルはというとユキの隣で地面に腰を下ろし、ポーショ

ン用のハーブをすりつぶしていた。気分良さげに鼻歌を歌っていたが、結構音痴だったり

する。多分ツッコんではいけないのだろうと、ユキはそれを聞き流していた。

 作ったポーションは自分達で使っても良いし、売ってもいい。とりわけ今作っているマ

ナの回復薬であるマナポーションは、普通の店では売っていない。自分で作らなければな

かなか手に入らないため、余った時に売ればそれなりの値になったりするのだ。

 そのような感じで、四人はリコリスの服の一件から、ここ一週間ほど同じような毎日を

繰り返していた。

 暇を潰しているように見えるのはまさしくその通りなのだが、それが無意味なものでは

ない。

 冒険者の多くは町や村から出されているクエストを遂行することで対価を得る。その時、

クエストを自分から探して申し込む場合と、向こうから依頼される場合の二つがある。今

はその依頼が来るのを待っている状態だ。

 ある程度実力が認められた冒険者は、一時滞在する町で登録しておくことで、個人によ

るお遣い程度のクエストから国による大規模なクエストに至るまで、様々なクエストの依

頼が来る。駆け出しの冒険者こそ、名前を売るためにこぞってクエストを受けに行くのだ

が、名のある冒険者には自分から探しに行かなくともクエストの依頼が来るのだ。

 イルはまだ旅に出て一月程度の駆け出しで、リコリスに至っては冒険者というカテゴリ

ーに含めていいのか疑問だ。当然そんな無名の二人にクエストの依頼など来るわけがない

が、今はウェイズとユキがいる。

「なんかここまで関っちゃったら、女の子二人だけで旅させるのは気が引けるなぁ」

 というウェイズの同行の誘いに甘え、少しの間同行させて貰うことにしたのだった。

「確かに別れた後で金髪と赤髪の少女が魔物に襲われて帰らぬ人に〜とか聞いたら夢見が

悪いね〜」

 といっていたユキの物騒な発言に怖気付いたとも言う。

 先日の森での一件は、バートを雇っていなかったらほぼ間違いなく死んでいたのだ。今

更ながら、自分の認識が甘かったことに震えがくる。心強い味方がいるというのはなによ

りもありがたかった。

 それに、とりわけリコリスの親に関しての手掛かりがなくなった今、あてのない旅をす

るよりはウェイズとユキに同行したほうが経験を積めるし、その途中でリコリスの故郷に

関しても分かるかもしれない。

 そんなことを考えて、ふとイルは自分の旅の目的は何なのだろうと思った。リコリスの

家族を見つけることは、リコリスと出会ったことで決まったことだ。その前は何を目的と

して旅をしようとしていたのか。もしリコリスとの出会いが無ければ今頃何をしていたの

か。

「どしたの?」

 手を止めてじっと手元を見ていたイルに気付いたのか、ユキが不思議そうに首をかしげ

た。

「いや、みんなの旅の目的って何かな、って思って」

「目的?ふむ、そうだな〜、私は……」

 言いかけたユキは、その言葉を途中で止めた。一羽のフクロウがユキの頭上を通り過ぎ、

その脚に掴んだスクロールをユキへと落としてきたからだ。

「お、クエスト」

 エリンでのクエストの依頼は、主に伝書鳩ならぬ伝書フクロウによって届けられる。彼

らはなかなか優秀で、人の顔と名前を覚え、正確にその人へと物を届けることができる。

クエストスクロールの運搬はもちろんのこと、そのクエストが終了すれば彼らを呼んで達

成を官庁に報告し、その報酬を持ってこさせることまでできる。自分がわざわざ官庁に行

かなくてもいいという画期的なシステムだ。

 ユキは、王宮印の貼られたスクロールを広げると、ウェイズに向かって声を張り上げた。

「ウェイズ!クエスト来たよ!」

「え……ぐぁっ!」

 ユキの言葉に振り向いたウェイズの右頬に、リコリスの拳が入った。

「あ」

 体重が軽い分拳も軽いのだが、それでも意図していないとこれは痛いだろう。リコリス

も着地と共に振り返り、うずくまったウェイズを心配そうに見た。

「……くぅぅ……で、何だって?」

 虫歯を押さえるかのように右頬を押さえ、ウェイズが涙目の視線をユキに向ける。ウェ

イズは事あるごとにリコリスに殴られている気がする、とユキは内心思いながらクエスト

の中身を伝える。

「どんまい……。ええと、王国直々の調査依頼だね。

 コイルダンジョンにて魔族の活動が認められる。至急調査せよ。だってさ」

「これまた曖昧な……」

 頬をさすりながら立ち上がったウェイズは、その内容に怪訝な顔をする。王宮依頼のク

エストは確かに漠然としたものが多いが、それにしても今回のものは大雑把すぎる気がす

る。

「でも成功報酬は六万だよ」

「なっ」

 ユキが続けたその言葉に、ウェイズだけでなくイルも声を上げた。

 六万ゴールドと言えば、数ヶ月、上手くやれば半年は暮らしていけるだけの金額だ。い

くら王宮からのクエストといえ、調査依頼のものでその報酬はあり得ない。そこまでいく

のであれば、巨大モンスターの討伐依頼くらいだろうか。場合によってはただダンジョン

に潜って帰ってくるだけで良い、いくらでも誤魔化しがきく調査依頼には不釣り合いな報

酬金額だった。

「……なんか裏がありそうだなぁ……」

「それは私も思う、けど」

「六万は魅力的……と」

「だね」

 ウェイズとユキが互いに頷きあい、今度はイルとリコリスを見た。

「……ということなんだけど、どうする?」

「はい、これクエストスクロール」

 イルはユキから渡された羊皮紙を受け取る。つまり、これを見て納得ができれば一緒に

来るかと聞いているのだ。

 イルはそれを開き、中身に目を通した。リコリスも何事かとのぞき込んだが、そちら側

からだと逆さまだから読めない気がする。

 確かに、内容は簡潔極まりないものだった。

『コイルダンジョンにて魔族の活動が認められる。至急調査せよ。

 元凶と思われる魔族の討伐、もしくは撃退が確認されれば、報酬として六万ゴールドを

支払うものとする』

 立派な羊皮紙に王宮印の入った封留めが付いた荘厳なクエストスクロールだったが、簡

潔にそうとだけ書かれている。これを書くだけなら、わざわざこれほど大きな紙に書かな

くても良いだろうと思えるくらいだが、それは王宮の威厳やらブライドやらがあるのかも

しれない。

 正直、何も分からない。

 魔族の種類や数が書かれてない以上、この成功報酬に見合う難易度なのか全く見通しが

立たない。これから危険かどうかを判断するのは、いくら百戦錬磨の冒険者だろうと無理

というものだろう。

「ま、それだけで判断しろと言うのは無理だろうけどね」

 イルが顔をしかめたのが分かったのか、ウェイズも肩をすくめた。

「下手に報酬が高い分、余計に疑っちゃうよね」

「……確かに」

「ま、それでも」

 パタンと本を綴じ、うんしょとユキが気持ちよく背伸びをする。

「私とウェイズの二人だったらどんな敵でも楽勝でしょ」

「いや、それはどうかな」

 はは、と苦笑いをしたウェイズだったが、その裏には確かにどうにかなるだろうという

自信と余裕が見て取れる。その様子を見る限り、この二人は多くの危機を乗り越えて今ま

でやってきたのだろう。

 それを見て、イルは大きな羨望と小さな嫉妬心を抱いた。この二人のような冒険者にな

ってみたい、それが無理でも行動を共にし、仲間として認められたいという羨望。そして、

今まで兄と比べられ、何をやってもダメな人間だった自分が、そんな風には決してなれな

いだろうという嫉妬。だからこそ、

「行く」

 イルはそう答えた。目でリコリスに問いかけると、リコリスは小首をかしげた後にこく

りと頷いた。

「むむ、いきなりこんなよく分からないクエストに連れて行くのは怖いけど……大丈夫か

な」

「ま、私らが守ってあげればいいでしょ。それに、リコの機動力は頼りになるし、回復役

も欲しいと思ってたし」

「や、回復に関してはユキがもうちょっと突っ込むのをや……うおっ」

「うるさ〜い〜」

 ユキが手に持った本をウェイズに向かって振り、ウェイズがそれを間一髪で受け止める。

「ん?何を読んでたかと思ったら、魔法書か」

「え。あ、ちょっと魔法も何かに使えないかなーって」

「ふむ……ってそんな話はまた後でいいんだ。

 それじゃ、今回は四人での初クエストってことでいいね?」

「もちろん」

「よろしく頼む」

「ん」

 自然と、四人は手を重ねていた。

 会ってたったの一週間。それも、ただ通りすがりを助けてもらっただけの関係。それが

いつの間にか共に鍛錬をし、クエストをする仲へとなっていた。本来ならばすぐに別れて

もおかしくはない関係だろう。今回はたまたまイメンマハに滞在している間、行動を共に

しているだけで、このクエストが終われば普通に別れるだけかもしれない。

 しかし、イルにはこの関係がとてもしっくり来ている気がした。今この瞬間でさえ、既に

何年も行動を共にしているかのような居心地の良さ。

 何となく、本当に何となく、数年後もこのメンバーで一緒に旅を続けている未来の自分

が見えた気がして、イルは少しだけ嬉しくなった。

作者コメント

2017年06月28日

ツバメ小説外伝02 「ウェイズ&ユキ編(仮称)」10

 イメンマハの北に位置するコイルダンジョンの入口は、薄暗い森へと少し踏み込んだ場

所にあった。

 そこには一辺が人の丈ほどある立方体の石台があり、その上にはひざまずき剣を地面へ

と突き立てて祈りをささげる女神像が乗っている。なんでも、数十年前の魔族との戦争で、

人間の味方となったが人々を助けるために石にされたという女神を模しているらしい。

 今ダンジョンと呼ばれているものは、その戦争時に人間側が拠点としたラフと呼ばれる

要塞だったということだ。劣勢を強いられ、ラフに攻め入られた人間を助けるため、女神

モリアンは魔法を使って魔族だけをラフに閉じ込め、最終的に人間を勝利に導いた。

 しかし、それ故に自らは石となり、その封印は今なお解かれていない。

 そして誰にも管理される事なく年月を経たラフは、元々防衛装置として働いていた魔法

による罠や迷路などが、人間達をも迷わせるほど複雑になってしまったというのがダンジ

ョンの成り立ちにまつわる話だ。

「そして今、戦争当時の宝や魔族が集めたものといった金目の物を目当てにした冒険者達

が、わざわざその防衛装置や中にいる魔族やらをかいくぐって奥へ進んで行く……という

わけさ」

 イメンマハからコイルダンジョンへ至るまでの間、ウェイズからダンジョンに関する話

を聞きながら歩いていた一行は、ちょうど話が終わった辺りでダンジョンへと到着した。

 イルも要塞ラフに関する話は知っていたが、それがダンジョンと同一だったことまでは

知らなかったため、しきりに驚いていた。ウェイズは色々な分野に精通しているようだ。

「で、なんでここにこんなに冒険者がいるん?」

 いつもは閑散としているらしい女神像の祭壇前にいる十人ほどの冒険者を見て、ユキは

腕組みをして小首をかしげた。

「だね。ダンジョンから出てきた感じもしないし」

「?クエストがいろんな人に渡っているからでは?」

 ウェイズにだけクエストが来たとは考えにくい。多くの冒険者にクエストが渡ったと考

えれば、ここに人が集まっていてもおかしいことはない。

「いや、ここまできたらさっさとダンジョンに入ると思うからね。わざわざここにいる必

要はないでしょ」

「あ、そうか」

「となると、よほど手強い敵でもいて、作戦でも立ててるのかな」

 ウェイズがむむ、と腕を組んでいると、いつの間にやら近くの冒険者から事情を聞いて

いたユキが戻って来た。

「入れないんだってさ」

「入れないって、ここに?」

「うん。祭壇に供え物しても何も起きないって」

「なんだそりゃ」

 ダンジョンの入口と言っても、辺りには女神像と、その目の前に五メートル四方くらい

の石畳がぽつんと存在するだけでそれらしき建物なり洞窟なりは見当たらない。しかし、

ここは確かにダンジョンへの入口なのだ。

 女神像の前にある小さな石畳は祭壇と呼ばれており、どのような原理かは分からないが、

その祭壇に乗った状態で捧げ物をすると、その捧げ物に応じて異なるダンジョンの内部に

行ける。ウェイズが言うには、恐らく要塞であった頃の防犯のための仕掛けだろうとのこ

とだ。

 それが今はうまく機能していないらしい。

「ダンジョンに入れないなら、どうしようもないじゃないか」

「ね〜」

 ウェイズが更に困ったように腕を組み、ユキが大袈裟に首をかしげると、リコもそれに

つられて不思議そうに小首をかしげた。

「……でも」

 口を尖らせて不満そうに女神像をねめつけていたユキだったが、ふと息を吐くと、にや

りと笑いながら三人に振り返った。

「やってみなきゃ、信用できないよね!」

「ま、そう言うと思ってた」

 かく言うウェイズも、言葉の反面、ユキと同じように口の端をあげていた。

 ダンジョンに入れるか試すだけならタダだ。リスクがあるのならば避けようものの、こ

れからダンジョンに進んで行こうとしている身だ。それに勝る危険など現状では考え付き

はしない。

 四人は周りの冒険者達の苦笑を尻目に、祭壇の上に横一列に立った。

「それじゃ、試しに1ゴールド」

 ウェイズが財布からコインを一枚取り出し、ピンと親指で上に弾いた。

 ま、話を聞く限りでは何も起きずに終わるのだろう。

 そう思っていたイルは、コインが祭壇の上に落ちるのを軽い気持ちで見ていた。

 チャリン。

 音だけ残して、そのコインはイルの視界から消えた。しかし、怪訝に思ったのはそれだ

けで、それ以外には何も変わったようには見えない。目の前には女神像、周りは木々の生

い茂る森。

 コインは、きっと草むらにでも転がっただけに違いない。結局、初ダンジョンはお預け

となってしまったな、とイルは溜め息をついた。

 あまりにも自然な変化とは、なかなか気付かないものだ。イルはようやく「その事実」に気

付いて、溜め息で吐いた息を吸うことを一瞬忘れてしまった。

「え」

 イルの周りには誰もいなかった。

続きを読む

2017年06月28日

ツバメ小説外伝02 「ウェイズ&ユキ編(仮称)」11

「まぁ待て。まずは落ち着こう」

 ウェイズは、大きく深呼吸をして動かない彼女を手で制した。

「確かに、1ゴールドなんてケチったのは悪かった。……いえ、悪かったです。ですが、それ

はてっきりダンジョンには入れないだろうと高を括っていたわけですからして、きちんと入れ

ると分かっていれば、もっとマシなものをお供えしていたはずです。ですから……」

 そこまで言うと、ウェイズは彼女の足元にしなだれた。

「帰してください……」

 しかし、彼女からの返答はない。それは当然、彼女が石像だからだ。

「…………ツッコミ役がいないってこんなに辛いのか……」

 いや、元々ボケ役ではないからそんなことを憂うこともないのだが。

 大きな溜め息をつき、割とどうでもいい感想を呟くと、ウェイズは気を取り直して再び立ち

上がった。

 誰もいないからこそ、つい皆の前ではしないような馬鹿な真似をしてみたが、正直なとこ

ろ、そんなことをしていられるような簡単な状況ではなかった。

 祭壇に供え物をしたら、本来ならばその祭壇上にいた同じパーティーは、同じダンジョン

の入口に転送されるはずだ。他の三人がどうなっているかわからないが、少なくとも自分

一人だけがはぐれるはずが無い。そして、ダンジョン入口に同じように立っている女神像に

祈りを捧げれば先程の祭壇に戻れるはずなのだが、それもできないようだ。つまり、

「一人で先に進むしかない……と」

 いうことになる。

 この際自分はどうでもいい。このダンジョンには何度か来ているし、多少苦労するだろう

が一人でも乗り切れないこともない。

 しかしもし他の三人が、それぞれ一人だけで同じような状況に追い込まれていたら。

 その可能性を想像しただけで、ウェイズは身が震えた。ユキならば心配はいらないだろう

が、イルやリコリスはどうか。ここに現われるグレムリンやスプライトなどのモンスター達と

戦うのは、どう楽観的に考えても彼女達には荷が重過ぎる。

 モンスターがいない場所で待機していてくれればいいが、それがうまく続くものだろうか。

最低限自分かユキが辿り着くまで保っていればいいと思うが、全く別の、ここから繋がって

いない場所に転送されている可能性もある。そうであれば……残念だが希望はない。

「悲観的になるな、楽観的にもなるな……。状況を把握し、できることをしろ」

 まずは彼女達のマナが近くにないか、感覚を研ぎ澄ませる。

 自身の内に宿るマナをほんの少しずつ外へ出し、周囲のマナへ馴染ませていく。その範

囲が広がり、やがてそのマナが自分のものかどうかも判別できなくなるほど希釈されたと

き、ウェイズの感覚はおよそそのダンジョンの一階層全てを包むほどまで拡張された。自

分の体温と同じくらいのぬるま湯の中をたゆたうような感覚。自分と周りとの境界があやふ

やになり、代わりに土や草木や風が自分の目となり、耳となり、肌となったかのような。

 クマ、グレムリン、スプライト、インプ……確実ではないが、マナの波長とこのダンジョンに

現われるモンスターのマナの波長から、どこに何がいるのかを判別していく。その中に彼

女達は……いた。

 一番近くにリコリスらしき感覚。近くと言っても数十メートルは離れているはずだから、一

部屋二部屋くらいで会える距離ではないだろう。その間にモンスターと遭遇すれば、更に

時間がかかる。となれば、一刻も早く先へ進むしかない。一人漫才などしている場合では

なかった。

 ユキとイルの感覚は無かったが、両方の反応が無いことが逆に希望が持てる。うまくい

けば、お互いが近くにいるかもしれないからだ。ユキさえ一緒にいれば、まず間違いなく切

り抜けられる。そうであれば、自分がリコリスを守った上でこのダンジョンを出ることができ

るかの方が心配なくらいだ。それ以前に自分が駆け付けるまでリコリスが一人で持ち堪え

られるかどうか……。

 とそこでウェイズは考えを打ち切った。悪い考えはしても意味が無い。とにかく、今は先に

進んでリコリスと合流することだ。

 大丈夫。「今度は」間に合う。

 無意識にそんなことを考えながら、ウェイズはダンジョンの奥へと駆け出した。



 凶刃が空を切る。

 ただ闇雲に振られているように見えるそれは、それでも一片に秩序を見せていた。それ

が剣術ならぬ斧術なのか、それとも持ち主の癖なのかは分からないが、確かなことは相

手がその武器を使い慣れているということだ。

 斧。それ自身の切れ味は剣などに比べると格段に劣る。もちろん戦闘用に作られた戦斧

(バトルアックス)というものもあるが、それであっても同じだ。斧の用途は切ることでは無く

叩き折ることである。対象に切り込むための最低限の刃さえあれば、あとは先端の物理的

な質量があれば用は足りる。重心があのように先端に集中してあるのはそのためだ。

 当たれば致命傷。刃は骨まで簡単に達し、骨は木の枝のように折られる。それはたとえ

胴体であったとしても、だ。

 威力は確かに絶大だが、しかし欠点はある。

 先端に質量が集中しているせいで、一振りが大きいこと。そして、同じ理由で柄を長くで

きず、リーチが短いこと。

 ただそれだけだが、リコリスにとって、それは最も対処がしやすい欠点だった。大振りで、

かつリーチが短い。回避を最大の防御とするリコリスには、これほど避けやすいものはな

い。

 相手は、トカゲを人間の子供――リコリスよりも更に小さい――ほどに大きくしたような魔

族、グレムリンだった。

 緑色の肌、ギョロリとした黄色の目。それだけを言えばただのトカゲだが、二本足で立ち、

背中にはコウモリのような翼を持っている。それは確かに、それが魔族であることを主張し

ていた。

 そのグレムリンが持つ斧の脅威はさほど無い。だがグレムリン自身がその翼を使って縦

横無尽に飛び回るのはいささか面倒だった。体重が軽いせいもあって、その動きは非常に

機敏だ。小回りの利く俊敏な動きに一撃の大きな重い攻撃。ある意味一番厄介な組み合

わせの一つかもしれない。

 が、しかしいくらそうであっても、攻撃の瞬間は動きを止める。それから先は、単純な一

撃なのだから簡単に避けられる。足を止めるその瞬間まで十分に気をつければ、さほど苦

労はしないはずだ。

 ギリギリまで引き付けて、相手が斧を振り上げた瞬間に離れる。そして、攻撃後の隙をつ

いて手に持ったフルートで殴打する。攻撃のチャンスはリコリスの方が圧倒的に多かった

が、きちんとした武器ではないため、一撃の攻撃力は大したものではない。地道に繰り返

さなければ倒せないだろう。

 そんな攻防を二三度行うと、グレムリンも腹が立ったのだろう、雄叫びをあげた。

「ニンゲンメェェ……!!」

 喋れたのか。

 そんなことに感心する余裕を見せながら、リコリスは尚もリズムを崩さない。淡々と、避け、

叩く。

 不意に、さほど遠くない背後から、よく知ったマナの気配を感じた。

 四回目の攻撃を加えつつ、その気配がウェイズのものであると思い至る。ジャッカル、ヘ

ビ、そしてこのグレムリンと戦って乗り越えて来たが、これで少しは安心できる。

 安心。そんなことを考えるようになったことに、リコリスは不思議な感覚を覚えていた。今

まで母親代わりであった赤キツネのルナと二人だけで過ごしていた時とは、似ているがま

た違った感覚。

 誰かに、自分を預けるということの心地良さ。

 彼女自身はまだ、その心境の変化に具体的な答えを持つには至っていなかったが、確

かにそう感じるようになっていた。

 しかし、皮肉にもその安心感がリコリスの油断を生み出したのも事実だった。

 全身に電撃を食らったかのような衝撃。

 あまりに突然のことに、リコリスの頭はまさしく真っ白になった。

 その目前に、凶刃が迫っていた。

2017年06月28日

ツバメ小説外伝02 「ウェイズ&ユキ編(仮称)」12

 ウェイズの思考は時間を逆行していた。

 そこは陽光が差し込む昼の森ではなく、赤い炎に囲まれた夜の街。

 記憶の中の光景が視覚の情報よりも勝ったが故の幻覚。そうであることを半ば知ってい

ながら、一方で半ば本当にその時に舞い戻ったかのように、ウェイズにはその光景がはっ

きりと見えていた。

 悲しみを引きずらないように忘れようとし、悔しさを踏み台にするように忘れまいとした、

あの過去の出来事。その記憶の中に、ウェイズは佇んでいた。


 目の前にあるのは、赤髪の少女の後ろ姿。

 目の前にあるのは、銀髪の少女の後ろ姿。


 その立ち尽くす少女に目掛けて振り下ろされる戦斧。

 その立ち尽くす少女に目掛けて振り下ろされる大剣。


 そして、少女が倒れるまでウェイズ自身何もできずに息を呑んでいたところまで、一緒だ

った。

 しかし、そこから先は記憶とは違った。違わなければいけなかった。

 ドン

 心臓が大きく高鳴ったのとほぼ同時に、ウェイズは無意識に、いや、我を忘れて大きな

一歩を踏み込んでいた。

 この情景の行き着いた先、記憶の中の結末を変えるために、ウェイズは力を身に付けた

ようなものだった。そして、その日々努力してきた結果が、無意識でもその行動を取ること

でついに発揮された。

 少女が地面へと倒れこんだことで見えた敵の姿。

 記憶の中で大剣を振り下ろしほくそ笑んでいたガーゴイルは、目の前では随分小さかっ

た。

 二歩目の跳躍と共に舐めるように鞘から抜かれた剣は、猛る鬼神の如き怒気を孕み、

我が獲物はどこかと言わんばかりにウェイズの右手で震えていた。

 圧倒的な殺意。

 その場にいる誰もが思わず身を強張らせるほどのそれは、グレムリンの戦意はおろか恐

怖すらも全て飲込んでしまうほどのものだった。

 蛇の口の中に飲まれた蛙の如く、攻撃直後の隙だとか不意を突かれたとかを抜きにして、

グレムリンには頭上から振り下ろされる死をただその大きな瞳で見ている他無かった。

 ウェイズの剣は、訓練で見せていた繊細で確実なそれと同じものとは思えない、ただ力

ばかりの太刀筋だった。

 決めたのだ。守る、と。

続きを読む

2017年06月28日

ツバメ小説外伝02 「ウェイズ&ユキ編(仮称)」13



『でも……』

 混濁した意識。

 夢とも現実ともつかない、雲の上のような、泥の中のような、何もない場所。

 多分、「その時」「彼女が」言っていたのだろうその言葉。

 自分は剣を振り上げ、飛び掛かっている最中であるのに、着地の瞬間は一向に訪れな

い。

 もどかしいほど、間延びされた意識の中で、ウェイズはその言葉の続きを思い出そうとし

ていた。

 とても大切なことで、ひどく理不尽だと感じた言葉だったと思う。

 思い出せ。今この瞬間に思い出さなければ全てを失うほどの、根本的な自分の行動理

念だったはずだ。

 無意識にでも手掛かりを探そうと視線が揺らぎ、

 そして、足下で倒れ、こちらを見上げる少女と目が合った。

 あの時見た気がする、彼女と同じ物悲しい目をした少女と。


 カチリ。


 思い出した。


 途端に、過去の情景は一瞬で霧散し、赤く染まった視界は森の緑へと戻っていた。

 逆行していた意識はその本来の時間を刻み始め、宙を漂っていた体は重力に捕らわれ

る。

 止まらない。

 乗せていた殺意は消えたものの、振り下ろされたその剣の勢いは既に腕からの制御を

受け付けられないところまで来ていた。

 あの時の言葉を、

 あの時の約束を、

 ウェイズの剣はグレムリンの頭ごと斬りすてようとしていた。

 そして、その時は考える間もなく訪れる。

 ジャリ。

 剣が完全に降り下ろされ、聞こえた何とも言えぬ、不快な鈍い音。

 同時に再び視界が赤く染まり、ウェイズは着地の瞬間にバランスを崩してその中へと倒

れ込んでいた。

 グレムリンが頭から真っ二つに裂かれ、噴き出したその鮮血の中に飛び込んだのだ。

……そう、ウェイズは思っていた。


 目と鼻の先にリコリスの顔があった。

 え、と言うこともためらう程の至近距離。しかも、明らかに「ウェイズが押し倒した」かのよ

うな体勢だ。

 覚悟していた状況と全く正反対の状況に置かれ、ウェイズの思考は完全に停止していた。

「…………」

「…………」

 リコリスは、ウェイズがさっき見たものと全く変わらない目で、

「だめ」

 ハッキリと言った。

 その一言に、再びウェイズの時間が進み出す。

 いやいやいや、決してそんなやましい事など考えてはいないですよ!心の中で自分に弁

明をしながら飛び起き、ようやくそれが視界に入った。

 地面に深く突き刺さったウェイズの剣と、一部の塗装が剥げた、リコリスのフルート。

 そして、そのすぐ隣で石のように固まっているグレムリン。

「……だめ。ころしちゃ」

 上体を起こし、再びリコリスが呟く。確認するかのように。

 そうか。

 リコリスは、あの瞬間にウェイズの剣をそのフルートで受け流したのだ。

 自らを傷つけた敵を守るために。ウェイズに殺させないために。

 右足の傷の痛みにも耐えて。

「……今度こそ真っ二つにされたくなかったら、さっさと家に帰ってください」

 ウェイズはグレムリンに背を向けながらそう言うと、そのグレムリンは

ようやく我に返った。そしてすぐにでも飛び去って逃げるかと思いきや、リコリスに向かって

不思議そうに口を開いた。

「……何故、ダ」

 何故、助けたのかと。何故殺されるがままにしなかったのか、と。

 その言葉に、リコリスはその辺にあった植物の蔓を引きちぎって、足の止血をしながら答

えた。

「やだったから」

 それが、「ウェイズがグレムリンを殺すこと」なのか、それとも「グレムリンが殺されること」

なのかはわからないし、もしかしたら両方かもしれない。なんとも要領を得ない答えだが、

ある意味一番リコリスらしい答えだと、ウェイズは思った。

 どちらにせよ、それがリコリスの優しさであり、それにウェイズもグレムリンも助けられた

のだ。

「……」

 グレムリンは、その言葉にしばし俯き、何かを考えていた。

 そして、

「……後悔スルナヨ」

 ばさりと羽を広げて森の奥へと消えていった。

 それを見送ると、ウェイズはふっとため息をつく。

 そういえば、いつの間にかもう一つのマナの反応が消えている。姿は見えなかったから、

おそらく透明インプでもいたのだろうが、殺気に怖じ気づいて先に逃げたのか。

 リコリスが不自然に固まって、グレムリンの攻撃を受けたのは、透明インプのライトニン

グボルトを受けたからだと考えられた。

 周りの脅威がなくなったことを確認すると、ウェイズはすぐさまリコリスへと駆け寄った。

「リコリス!」

 その時点で、リコリスはおおよその簡単な治療を自分で終えようとしていた。が、一人で

は包帯が巻きづらいらしく、その巻き方は歪だった。

「僕がやるよ」

 ウェイズは、リコリスから包帯を受け取り、もう一度巻き直す。

 傷はかなり危ないところまできていた。

 直撃していたら、肉が削がれ、骨が折れていたことだろう。しかし、不幸中の幸いにも、斧

の切っ先がかすめただけで、裂傷だけにとどまっている。もっとも、その太ももはばっくりと

割れていて、軽傷とは言えないものだ。早めにきちんとした治療を受けないと危ないかもし

れない。

 少なくとも、今の状態ではまともに歩けるものではないことは確かだ。

 こんな、こんな足で。

 包帯を巻きながら、ウェイズはこみ上げる涙を抑えることができなかった。

 こんな怪我を負ってすら、リコリスはウェイズのため、グレムリンのために、立ち上がった

のだ。自分の身を顧みず、二人を救うために。

 そんな少女に対して、自分はどうか。

 過去に縛られ、周りが見えなくなっていた自分は。

 助けるはずの少女に助けられている自分は。

「ごめんな……ありがとう……」

 強くならなければ。

 剣の腕でも、魔法の威力でもない。憎しみに捕らわれない精神を持つために。

「……う?」

 傷の痛みに目を細めながら、リコリスはどうして感謝されるのだろうか、と不思議そうに

小首を傾げた。

「いや、ごめん、大丈夫だから」

 涙をぬぐって、ウェイズは包帯を巻き終える。

「行こう。今度は、僕が君を守る番だ」

作者コメント

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。


×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。